日本に自動車が普及するより前、戦前から主に田畑への水のくみ上げや脱穀などに使われた、農業用発動機(農発)と呼ばれるエンジンをご存知だろうか。当時貴重だったガソリンは始動時にのみ少量使われ、実際の駆動は灯油で行う。大きなフライホイールが露出しており、これにプーリー(滑車)を取り付けベルトの駆動により様々な用途に使われた。より効率のいい小型ディーゼルやガソリンエンジンの登場により淘汰されてしまった内燃機関だが、1930年代から戦後にかけ重宝され、生産に関しても日本全国に存在した無数のメーカー(ほとんどは町工場)で行われていたという。
先日取材させて頂いたレストア済みの一台は、カルイというメーカーにより作られた3馬力ほどの農発。タッタッタッタッタッという単気筒独特のサウンド、灯油を燃やすことで発せられる、どこか懐かしい香り、露出したフライホイールやプッシュロッドなど、動く姿もノスタルジック。スイッチひとつで始動し、スムースに回る現代のエンジンにはない、生き物のような存在感は、旧い単気筒やツインエンジン、さらには蒸気機関にも通じる魅力を備えていた。